願い

我が家の愛猫:乙女ちゃんが旅立って1ヶ月になりました。
DSC00810祭壇もだいぶシンプルに。
切り花を買ってきて飾るのですが、センスがないものだから花瓶を見る度に苦笑。

 

今年の1月、クマオ氏誕生日に撮った家族写真。
DSC00544真ん中が乙女ちゃん。

乙女ちゃん、笑ってるね。

幸せいっぱいの画像。

この写真は乙女ちゃんを火葬する時に一緒に焼いてもらいました。

 

2017年7月30日の画像。
DSC09176-1この日もご機嫌に段ボールの中で遊んでいました。

 

2017年8月3日の画像。
DSC09222朝起きてリビングの床でゴロンゴロンするのが乙女のご機嫌な行為だったので、この時もう腎臓がほぼ動かなくなるであろうことに気がつきませんでした。発見から皮下点滴自宅治療を2年8ヶ月、血液検査は経過良好だったので。

 

可愛い乙女ちゃんが我が家に来たのは7年半前の生後8ヶ月くらいの頃。

「我が家に来てくれてありがとう」って感謝しました。

それから楽しい月日がながれ、その間にたくさん欲張りなお願い事を神様するようになりました。

「元気でありますように」はもちろんのこと、「兄レオともっと仲良くなりますように」、「クマオパパをもっと好きになってくれますように」、「オモチャを壊し過ぎませんように」、「フォトコンテストで賞をとりますように」、「皆に可愛いって言ってもらえますように」とかね。

 

やがて2年8ヶ月前腎臓病が発覚してからは「様態が安定しますように」、「特効薬が開発されて乙女の腎臓が完治しますように」と。

 

そして今年8月に緊急入院した時は「静脈点滴でまた数値が基準値に戻りますように。」と願い、

 

それが叶わず、先生に「自宅で3日ほど様子を診ましょう。入院のストレスから解放されたら回復するかもしれないから」と言われ、「どうか少しでも血液検査の数値は下がりますように。」と願い、

 

それも叶わず、先生から「もう乙女ちゃんへの無理強いや治療はせずに、1日1日を大切にしてください。」と言われ、

 

「乙女がして欲しいことが私にわかりますように。」
「少しでも乙女が少しでも苦しみませんように。」
「少しでも生きてくれますように。」
ずっとずっとたくさんたくさん願って。

 

日々。

段々。

1つ1つ。

願い事は叶わないとわかり。
もう具体的な願いごとは何1つ叶わないとわかり。
「乙女がどうか幸せにありますように。」としか願えないように。

 

乙女の息づかいも弱くなって。
幸せなんて願うどころでない姿に。

 

だから、もう、願うのは止めようと。

「乙女ちゃん、もうイイよ。大丈夫だよ。ありがとうね。可愛いね。大好きだよ。うちに来てくれてありがとう。」と感謝の気持ちだけを祈るように。

 

繊細すぎるクマオ氏と根性無しな私を思ってか、乙女ちゃんは潔く旅立ちました。

亡くなってからしばらく、行きつけの神社に足を運ぶけれども頭空っぽで。

 

それなのにそれなのに、人とはなんと欲張りで滑稽なのでしょうね。

初七日になったら「乙女ちゃんが三途の川を難なく渡れますように」と願いごとをし始め、

四十九日に向けて「乙女ちゃんの来世が、健康で長生きして、たくさん可愛がられる生を神様から授かりますように。」とまたまた願いごとの数が増えていく始末。

 

結局願わずにはいられない。

愛する乙女ちゃんのことを、幸せを願わずにはいられない。

離ればなれになっても、もう会えなくなっても、貴女の幸せを願わずにはいられないよ、乙女ちゃん。
DSC09847

「ありがとう」の気持ちだけを感謝して祈れれば良いのに。

欲深い私です。

 

 

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